LOGIN翌日。 ルスプルのカジノだった。 魔導具のピカピカとした照明が室内を照らしている。床は丸い模様をしたグレーのマット敷きだった。カジノの一階にはスロットが背中合わせになってずらりと並んでいる。5列以上はありそうだ。スロットからは豪華でノリの良いメロディーが流れている。 今、ベルフラウはとんでもなく困っていた。恋人がスロットに夢中になっているのである。 少し離れた席では、男性プレイヤーがスロット台をぶっ叩いていた。「俺のヴァルを返せ!」と叫び声をあげている。どうやら大負けしたようだ。このカジノはチョコレートパフェの製菓カードを使わなければ、勝つことは難しい。 チョコレートパフェの効果……満腹度30%回復。幸運上昇。効果時間30分。 目の前にいるトウマがパフェをスプーンで頬張りつつスロットのレバーを引いた。だらしなく足を組み合わせている。三つのボタンを押すとチェリーが揃った。目押ししているようだ。スロットからコインが吐き出される。(どうしたらいいの?) やめさせなければいけない。 ドクロが止まれば破産である。 昨夜にみんなから預かったヴァルだけは、今朝トウマはすべて返却していた。:ギャンブル依存症w:団長、カジノに逃亡なうw:……見損なった。 ベルフラウがトウマの両肩を掴んで揺さぶる。「ダーリン、もうやめて! ドクロが当たるわよ」「うるさいぞ! 真帆。俺はようやく分かったんだ。このゲームはつまりカジノだ! チョコレートパフェを食べれば、いくらでも稼げるんだ! モンスターを狩る必要は無い。次の町へ進むことも不要だ!」「ユウマ、どうしちゃったの!? これから勉強をして弁護士になるんじゃないの!?」「いや、俺の考えでいくと、弁護士になる必要は無い! そんなことよりも、ここでスロットをずっと回していればぼろ儲けだ! 楽しく楽に稼ぐことができる! つまり、勝ち組だ!」「……あのねぇ、ユウマ」
ノーファン村の広場のベンチにトウマは座っていた。 辺りには人々の賑やかさが戻っている。各々の同伴者との会話に花を咲かせていた。その中でぽつんと佇んでいるトウマの顔には、異様な影が落ちていた。空には満天の星が広がっている。ちらちらと瞬いており、星同士が語り合っているようにも映る。だが、そんな美しさを楽しめるような精神状態では無かった。 トウマの両手にはウミの日記がある。 アストラブールへ到着した日にウミが買ったものだった。 ステータス画面のほのかな灯りを頼りに日記を読む。『4月27日。 今日から日記をつけることにしたです! 今日はご主人様とニキさんと一緒に海底の村へ行きました。 海の中の植物は、地上の植物とは違い、不思議な形をしています。 イワシの群れが渦を作っている光景がありました。 ダンゴウオが岩の上を這っていました。 途中から師匠も海底へ来てくれました。 師匠の作ったエンディコマグロの角煮で、月海竜ダルシャランをやっつけました。 そのおかげで、マーマン村長さんが、釣り竿をくれました。 楽しかったです』 震える指でページをめくる。『4月28日。 今日はアストラブールの闘技祭の前夜祭でした。 ポロポージュの屋台の飲食スペースでアイちゃんに再会しました。 一緒にお祭りを見て回りました。 美味しい食べ物をいっぱい食べました。 アイちゃんが銀のイヤーカフの片方をくれました。 高台で一緒に打ち上げ花火を眺めました。 親友になりました。 楽しかったです』 トウマの瞳から一筋のしずくが伝う。 鼻の穴がひくひくと震えた。 ページをめくる。『4月29日。 今日はついに、アストラブールの闘技祭の日でした。 ご主人様と一緒に出場しました。 悪のおじさん、クレナイを倒しました。
ゲームから強制ログアウトしていた。 我が家の自室のベッドにアクナは戻る。 デバイスゴーグルを取ると、すぐそこに息子と娘が立っていた。二人とも幼稚園児である。息子が話しかけた。「お母さん、起きた?」「起きたの?」 娘も心配そうな声を響かせる。 アクナは上半身を起こしてすまなそうな顔をした。「ハルト、イオリ、すまん、いま夕ご飯を作るからな」「お母さん、もうゲームしちゃ嫌だー」 ハルトの目には涙がいっぱいたまっていた。アクナに近づいて両手を伸ばす。 寂しい思いをさせてしまったのだろう。 アクナはベッドに腰掛けてハルトを抱きしめた。「すまなかった。もうゲームは二度としないからの」「本当?」 ハルトが頬を膨らませて聞いた。 イオリもゆっくりと歩み寄った。「あたちもやだ!」 アクナは両手を大きく開いて二人の肩を抱く。「悪かった。ゲームは今日で引退じゃ、許せ」「ママ、引退って何?」「引退って?」「もうゲームをやめるということじゃよ」「本当? ママ、ゲームを引退して!」「引退してほちいの」「ああ。これからは寂しい思いをさせんからな。おおよしよし」 アクナは二人の肩をひとしきりさすった。それから立ち上がる。「よし、ハルト、イオリ、これから美味しいご飯を作るからな。一緒にダイニングキッチンへ行こうな」「分かった!」「ママはーい」 歩きだす。 アクナは先ほどの戦争を思い出した。 トウマをPKするつもりだったのだが、結局叶わなかった。 戦争では負ける始末である。(……超越スキルの焔落としまで使ったというのに) それも二回も。 酒ひょうたんの効果でクールタイムが短縮されており、スキルの回転率が上がっていた。
その夜。 ノーファン村の広場だった。桜の木々が青々とした葉っぱをつけている。広場の入り口付近には噴水があった。女神像が肩に担ぐ壺から水が流れている。緩やかな夜風が吹いて、水面がちゃぷちゃぷと音を立てていた。 辺りには初心者プレイヤーの数が多い。時刻はゴールデンタイムを迎えており、学校や会社から帰宅した人々がログインしてきていた。朗らかな顔つきで梅おにぎりを食べている女性がいる。近くにいる男性プレイヤーが「そのおにぎりを分けてもらえませんか?」と頼んだ。女性は驚いたような顔をして男性から離れていく。 広場の中心に、伊達兵庫髷に打掛姿の女性が立っていた。左手に酒ひょうたんを握り、銀のキセルを吸ってぷかぷかとタバコを吹かしている。朧月だ。たった一人であり、誰かの訪れを待っているようだ。 彼女がつぶやいた。「今宵は月が綺麗よのう」 朧月の右足首には先ほどまではつけていなかったアンクレットが装着されている。 広場にトウマたちが入ってきた。トウマとベルフラウが先頭に立ち、肩を並べている。その後ろには他のメンバーたちが顔をそろえている。そして朧月の前で立ち止まった。 ただならぬ気配を察したのか、他プレイヤーたちが次々と広場を後にする。 可愛いは正義勢:本当に戦争になるの? 戦争があると聞いて:凄い緊迫感だなw 俺最強LV99:これは面白くなりそうだな。 レディミラージュ:グラスオースは忙しいわね。 ベルフラウが一歩前に出る。「こんばんは、朧月さん」「良い月でありんすねぇ、ベルフラウさんよ」 朧月がキセルを裏返し、炭を地面にこぼした。 ベルフラウの顔つきは険しい。「朧月さん、あたしたちと戦争するなんて嘘よね?」「本当でござりんす」「本当って、貴方一人しかいないじゃない」「一人だと、何かおかしいでありんすか?」「……どうしてなの?」「理由は言わぬよ」「弟さんのためなの?」「……ベルフラウさん」「何?」「もう、話すことは何もない」「……話し合いましょう! 朧月さん、あたしたちは分かりあえるはずよ」「いつか、共に酒を飲みたかったのう。……ステータスオープン」 朧月が水色の画面を出して操作した。 お互いのHPMPバーの上に旗が立つ。朧月の旗は青、トウマたちは赤だった。 ドンと音がした。
ラグナシアのスナネコレストラン。 その入り口だった。 午後の四時を過ぎており、太陽は西に傾いてきていた。すぐそばにはスナネコの顔が描かれた看板が立っている。オープンエアの店であり、砂地の上にテーブルが等間隔に配置されていた。四つの角には柱があり、張られてある黒い布が屋根となっている。 ベルフラウとトワは硬く握手を交わしていた。彼はずいぶん泣いたようで、泣きはらしたような顔だった。目はウサギのように真っ赤である。だけど凜々しい表情で告げた。「ベルフラウ、俺はゲームを引退する」「……そうなのね」「次こそは、絶対にもっと良い男を見つけてやる」「頑張りなさいよ」「ああ、お前。トウマを、頼んだぜ」「任せなさい」「トウマを幸せにしろよ! 俺に誓え!」「誓うわ。あたしがトウマを幸せにする!」「……任せたぜ」「あたしにお任せなんだから」「そうか」 二人は握手を解いた。トワがステータス画面を開き、ログアウトをタップする。最後、彼がふっと優しく笑った気がした。:トワさん、最後は男らしいな。:泣いちゃう。:切ないな。 トワが透明になって消えていく。 ベルフラウは最後の最後まで見つめていた。 トウマがすぐに後ろで見守っていた。 ベルフラウは振り返り、トウマのそばに寄り添った。 彼が髪を撫でてくれる。「行ったな」「うん。ちょっとしんみりしちゃった。でも、トワさんも納得したみたいで良かったわ」「そうだな」「ダーリン、ご飯にしましょ」「ああ」 二人でテーブル席へと歩く。 そこでは仲間たちが和気あいあいとご飯を食べていた。アイギスが誕生日ケーキのような大きなホールをナイフとフォークで食べている。生クリームと苺がふんだんに使われた豪華なケーキだった。何でも、彼女は先
朧月の唇が弧を描く。「トウマよ。ぬしさんと少し話がしたいのでありんす」 彼女がステータス画面から酒の一升瓶を取りだして砂地に腰掛けた。女座りをする。 ちょうどアカシアの木陰だった。緑色の葉が風になびいて揺れている。倒れていたサンドワイバーンが透明になって消えた。なんだろう。砂漠の中心で飲み会でもするつもりだろうか?:朧月さんは競技リタイアか?:そのお酒美味しいですよね! 私、飲んだことあります。:いま砂クジラが討伐されたぞw 朧月はおちょこを取りだして酒をついだ。トウマに差し出すように置く。「何を突っ立っておる? こっちに来て、酒を飲みなんし。なに、取って食ったりはせぬよ」 トウマは眉をひそめてぽかんとした。「朧月さん。今は競技の最中だが?」「そんなことはよいよい。実はな、わちきは競技など最初から興味はありんせん。それより、話がある。こっちへ来なんし」 朧月の後ろにいるトワがぎょっとしていた。「おい朧月。競技はどうするんだ?」「競技などどうでも良いでありんすぅ。それよりもトワ。ぬしさん、トウマに言いたいことがありんすね? ほれ、ここに座りなんし」「そ、そりゃあ、あるけれどよ」 朧月はトワの分のおちょこも用意して酒をついだ。彼女の隣にトワが正座する。(何の話だ?) トウマは怪訝な表情をしつつ近づく。その場にあぐらをかいた。 朧月が嬉しそうに肩を揺らす。「この酒は酔い桜と言ってな。このゲームで一番高い酒なんすよ。飲み口は軽く、それでいて香り高いのでありんす」「そ、そうか」「ほれ、飲みなんし」「そ、それじゃあ」 トウマはおちょこを右手で掴んであおいだ。飲み口が軽い。胸の奥がカーッと熱くなった。 朧月は目を三日月のように細める。「どうでありんす? 美味でありんしょう?」「悪くないな」「そうでありんしょう? こうして誰かと飲むの
ついに邪蛇狩りが始まった。 満天の空の下。山の上の地面の土は硬く、背の低い雑草が絨毯のように生えている。トウマとウミは、大きな岩の後ろに隠れて山頂の様子を見守っていた。今までずっと登山して来たのだ。 ちなみに先ほど夕食を食べた。昼と同じカレーライスである。もう飽きた。 山頂にはキャンプファイヤーが焚かれているようで、その煙がモクモクと上がっている。炎の灯りに照らされて、人々の戦う様子がよく見えた。 邪蛇、グランツエル。そいつは紫色に輝く肌をした大蛇であり、電車一両ぶんほどのサイズがありそうだ。まるで龍のように美しい。右に左にうねって地面を這い、人々に襲いかかる。 人々の先頭にいる
森の道へと入った。 木の葉からこぼれる太陽の日ざし。茶色い小鳥が木枝から飛び立った。落ち葉の多い地面。空気は澄んでおり、森林浴にはもってこいだ。 森の奥へとウミはどこまでも逃げて行く。その背中をテラーウルフが追いかける。そのまた後ろをトウマが追跡するという構図だ。 可愛いは正義勢:ウミちゃん逃げて! 古参ニキ:死んだと思ったらまだ生きてる。 開けた大地にたどり着くとトウマは唱えた。安っぽい木の杖を構える。 「グラヴィティライン」 トウマの杖から青黒いロープが伸びた。テラーウルフの足に巻き付いて拘束する。 「がうばうっ!」 走っていたテラーウルフは前のめりに
草原の中心に、黒い渦を巻いてテラーウルフが出現する。残忍な顔つき、漆黒の体毛、巨大な白い牙。その圧倒的な存在感に、トウマの背筋から冷や汗が伝った。 テラーウルフが高々と吠える。 「ガアルルルゥゥッ!」 ドンと音がして空中に文字が表示された。 ――クエスト、テラーウルフの撃破 「ボスだ、逃げろ!」「俺は死ぬ訳に行かないんだー!」「私はせっかくレベル3に上がったんだからね!」 ウミがすぐに反応した。その表情は恐怖に彩られており、モフモフとした尻尾がピンと立っている。勢いよくこちらを振り向いた。 「ご主人様、どうすれば!?」「ウミ、動くな」 トウマは状況を冷静に分析する
村の北出口から外へと出る。 草原地帯があった。ところどころには岩がある。そこにいる魔物はフェアウルフの一種類。灰色の毛並みをした狼であり鋭い牙を誇っている。大型犬ほどのサイズだ。 狩りをしているプレイヤー数は多く、必死の形相でモンスターと戦っていた。 「俺の、俺の宿代をー!」「私はまだ朝食も食べていないんだからね!」「や、やべえやべえ、こいつら強えぞ!」 トウマは顔をしかめた。このゲームのプレイヤーはみんな無職なのだろうか? 分からない。(そう言えば、俺も朝食を食っていない) ドンと音がして、頭上に文字が表示された。 ――クエスト、フェアウルフの撃破 隣にいるウミ







